桃の節句とおひなさま
         〜789女子高生シリーズ

       *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
        789女子高生設定をお借りしました。
 


       




ライオンのようにやって来ると言われているのは、
その獰猛勇壮な存在感になぞらえて、
厳寒本番だ覚悟せよという意味合いかららしく。
それにしては、ずんと暖かくなってやって来た今年の二月如月。
半ばに豪雪という思いがけなさを挟んだものの、
ウサギのように逃げてく頃合いの今もまた、
桜咲く花見のころと同じほどという暖かさ。
陽だまりを歩こうものならば、
じんわりと汗をかいてしまうほどという、
春めきの先行…にも程があろう進みっぷりであり。

 『これって冗談抜きに“桃の季節”ばりですよね。』

昔の暦での三月三日が“桃の節句”とされているが、
一カ月と少しずれている今時の気候では、
本来だったら梅がやっとというところ。
それを大きく裏切った暖かさへ、
あれまあと教室の窓から青々とした空見上げた三人娘のうち。
清楚なセーラー服姿なのもお揃いならば、
今日の陽向の光を集めたような明るい髪色も、
すらりとした肢体の先に載った双肩の薄さ、
少女ならではな胸元の優しい膨らみよりも、
頼りなくもか細いお背(せな)の印象が
まさってしまうところもお揃いの。
白百合さんこと、草野さんチの七郎次お嬢様と、
紅バラさんこと、三木さんチの久蔵お嬢様とが、
仲良く連れ立って帰って来たお家はと言えば、

 「お帰りなさいませ、お嬢様。」

家内執事、家令とも呼ばれるお立場の、
初老まではもうちょっとという壮年世代の男性が、
広々とした吹き抜けも豪奢な玄関ホールで、
当家の一人娘を丁寧に出迎えて。

 「草野様も、ようこそお越しくださいました。」

きれいに磨き上げられた御影石の三和土に、
お行儀よくもお立ちの、もう一人の令嬢へも頭を下げての会釈をし。
さあさどうぞと、そのまま身を軽く引くことでお上がりを促すスマートさ。
元はホテルJにて、
こちらの主人夫婦ともどもに、水をも漏らさぬ接客をこなしたお人でもあり、
どんな賓客が訪のうても どんと来いとの臨機応変は完璧だし、

 “それだけじゃありませんよね。”

無口で寡欲で、大人しい、
そんなお嬢様の優しい心根、ちゃんと読み取れてしまえるお人でないとと。
ホテルへだって居てほしい人材を、
頼み込んでの敢えて
“家内”というプライベートな立場へ移行していただいた。
多感な年頃のお嬢様を何より大事にしたいとする、
ご両親のお心遣いの現れに外ならず。

 「お邪魔します。」

小さな目礼添えての会釈と共に、お行儀よく框を上がってのさて。
まずは久蔵お嬢様の私室へ荷物を置きに行かせていただき、
何度も泊まり合ううち、
次に来たときに持って帰ればいいのだからと置いていった室内着、
気取らぬ仕立てながらも優雅なフレアの利いた、
紺色のエプロンドレスと、
スムースジャージ風のインナー、
大きめのゆったりカーディガンという恰好に着替えた白百合さん。
当家のお嬢様と並んで、
ホワイトソースが絶品のシーフードドリアと、
溶き玉子を淡雪のように流したコンソメスープを昼食に頂いてから。

  それからそれから 本日のメインイベント

白い壁も瀟洒なモダンな作りのお宅には、
ご両親の趣味から広々とした和室も幾つか揃っていて。
表玄関からの外観は、ともすれば南欧調の洋館風だったはずが、
落ち着いた和風の中庭を望める奥まった和室の一角に、
整然と並べられてあったのが、

 「わあ…vv」

白い瓜実顔も、古風さの中に愛らしいところが今風か。
錦の衣紋をそれぞれにまとった、
お雛様の一団を桐の小箱から取り出していたところ。
床の間つきの大広間だろうこのお部屋に、
ひな壇を作っての毎年飾るのが恒例なのだそうで。

 『それって、毎年 久蔵が飾っているの?』
 『……。(否)』

例年なれば、母上の補佐というところならしいのが、
今年はどうしてもご挨拶せねばならないお客様ばかり、
立て続けにホテルをご利用になるのだとかで。
そこでと家令夫人が飾ってくれる手筈になっていたらしいのだが、

 『俺が、並べてみたいと。』
 『そっか、自分から言ったんだ。』

娘さんの成長を祝うお祭りのお人形。
それを当の本人が独りで並べるというのは、
いけなかないんだろうけど…何だかちょっと。
そこまでちらりと思った七郎次としては、
余計な気を回しちゃったなと、ごめんなさいの苦笑を見せつつ。
それではと畳の上へお膝を進め、
お手伝いさんたちもお揃いの中、緋毛氈を敷いたひな壇と向かい合い。
この子はどこだったっけ? お道具の順番は?と、
白い手を伸べては丁寧に、時々お膝で立ち掛かったりしつつ。
金屏風の前のお内裏様から、三人官女、
五人のお囃しがかりに、仕丁の方々と左右の大臣。
お道具はお道具で、金蒔絵も豪奢な輿に、
碁盤や鏡台、お針箱に箪笥長持、牛車に至るまで。
ところどこで“あれれぇ?”なんて、
お若い顔触れが混乱しかかり、
家令夫人へ助けを求める一幕もあったりしつつ。
何とか整然と並べ終えたのが小一時間後。

 「うわぁ〜、壮観だなぁvv」

箪笥や輿は戸が開くんだねぇと、
七郎次が妙なところへ感心しており。
ウチのは古すぎるのか、そういうお楽しみがなくってと。
空になった箱の方をひとまとめにし、
とりあえずはと蔵へ仕舞いに向かったメイドさんたちを見送ってから。
あらためて眺めた優雅なお飾りに感嘆した七郎次だったのへ、

 「…どうして出しておかぬのだろ。」

それは手短な一言をこぼしたのが久蔵で。
お揃いを買ったという代物じゃあないのだが、
そちらさんは臙脂色のエプロンドレスをまとっておいで。
ドレープも優美なフレアスカートを広げての、
正座姿も凛としたお嬢様。
雪見障子のガラス窓の部分から差し入る陽が、
彼女のお膝とその先の畳へ、四角い陽だまりを作っており、

 「…久蔵?」

ちょっぴりトーンダウンしたようにも聞こえたか、
お茶をお持ちした家令夫人が微妙に眉根を曇らせてしまわれる。
今より小さかった久蔵は、
今よりも忙しかったご両親にあんまり構われなかった時期があり。
寂しかっただろうに、されど我儘ひとつ言わなかったそうで。
このお雛様も、どういう意味のお人形かは、
幼稚園に通い出してから、担任の先生のお話で知ったとか。
ああそうか、やはりお寂しかったのだなと、
家令夫人がついつい俯いてしまわれたけれど、

 「久蔵んチは広いから、
  一年中 出しておけるのにって思ったのかな?」

出していただいた丸い湯飲みを、
お膝の上、縦と横とに合わせた手の中に包み込み。
静かなお声で、そんなトンチンカンを言ったのが七郎次。
それは繊細そうな風情のお嬢様なのに、
何てまあ…殿御のようなお言いようをなさることよと、
失礼ながら呆気に取られかかったところが、

 「……。(頷)////////」

何で判ったの?とでも思ったか、
ほのかに頬染め頷く当家のお嬢様だったりしたものだから。

 「…☆」

あららぁと、
今時のお嬢様たちの感覚へ
家令夫人がコケかけたのは…ままおくとして。(苦笑)

 「ウチもネ、出しっ放しはちょっと無理だって。」

仕舞うのヤダヤダと困った駄々をこねた昔があったのか、
くすすと微笑った白百合様。
今年はイオがいるから 飾るお部屋もどうしましょうかって、
母様と思案中なのと続ければ、

 「……あ。」
 「そうだよ、此処には くうちゃんがいるよね。」

仔猫には格好の玩具にされかねないから、
やっぱり出しっ放しは無理みたいだねと。
目許たわめて微笑った七郎次だったのへ、

 「飾るなら…。」
 「うん。お手伝い、よろしくですvv」

ちょっぴり俯きがちになった紅バラさんが言ったのは、
七郎次のお家でもお雛様を飾るなら呼んでねとの意であり。
含羞みもっての申し出へ、
それをあっさり酌み取った上で、
うん、お手伝いしてねとの優しい応じ。
何とも言葉を省略し合ったやり取りなのへ、
感嘆した家令夫人だったのは言うまでもなく。
どこか神憑りなほどの以心伝心、
ここまでこなせるお友達だという認識は、
何かあった折には榊せんせえと同じほど頼ろうとの結論を、
奥方へ導くほどだったそうでございます。








  おまけ


 「そういえば…。」

お雛様というものは、
娘さんが生まれたおりに取り揃えるという感覚があるが。
由緒正しい旧家だと、
由来のあるものが、代々引き継がれてゆくとのことで。

 「シチのお家のは…。」
 「ええもう、相当に古い代物ですよ?」

さっきも言いましたが、
お人形もお道具も古めかしいし、
引き出しが開くものとかは少なくて。

 「お顔が怖いと泣いて泣いて。
  小さいころは飾ったお部屋に行くのさえ嫌がったんですってよ?」

ころころ微笑って言ってのけるお嬢様へ、
釣られるようにこちらも微笑った久蔵だったものの、

 「それ、シチの子が引き継ぐのだろ?」
 「………………はい?」
 「シマダが婿に入るのか?」


  「……………はいぃ?////////」


日頃からあれほど、好いたらしいと想いつのらせておいでなくせに。

 「か、勘兵衛様が、婿…に………。//////」

具体的な想像まではしたことがなかったものだろか。
ほんの最前までは、
あれほどお姉様然として落ち着いていたものが、
真白き細おもてを見る見ると、
ゆで蛸のように真っ赤に染めてしまい、
あわわと口許たわめると、
慌ててお手々で隠したほどに。
表情さえ定まらないほどのふためきよう。
そして、そんな白百合さんなのを目の当たりにし、

 「………煮え切らぬ。」

嫁にしたいとたったの一言、どうして言えぬかという方向で。
ぴきりとお怒りになったらしき紅バラさんが、
ザッと立ち上がったのへは、

 「ま、待ってっ、久蔵っ!」

しまった、きっとこの子ったら、勘兵衛様へ苦情のメールかお電話するに違いない、何とすれば乗り込む気だって満々かも…と。やっぱり素早く見切れたほどの、以心伝心によるテンポのいい掛け合いと。久蔵殿の細腰へがっしと掴み掛かって引き留めた、芸人さん方のコントみたいだった顛末とやら、

 『あららぁ、それって傍で見たかったなぁvv』
 『ヘイさんたら もうっ!////////』

笑い話になったのは、当然後日の段にてでございます。





   〜Fine〜  11.02.26.


  *お雛様の季節だなぁと、今更ながらに思ったので唐突ながら。
   シチちゃんチは華族の末裔だし、
   お父様がまた日本画壇の大家だから、
   それなりの立派なのがあるんですよ、きっと。
   久蔵お嬢様のは、
   ご両親が事業に成功し、身を立ててから揃えたクチの、
   今時のだと思われます。
   小学生に上がってから知り合った兵庫さんが、
   これはお内裏様、これが官女と教えてあげたんでしょうね。
   ヘイさんところは…
   お祖母様がはるばるアメリカへ持ってたのがあるとか?
   いやいや、そういうことにはこだわらない人だったかもですね。
   何でこんな一杯のお人形を飾るのですか?
   男の子の戦争ジオラマに対抗してでしょかとか、
   わざとらしくも“日本の文化は判りません”とか言ってそうです。
   あ、でも、侍七の世界って異世界らしいしな。
   (桃太郎のお話はあったらしいのにねぇ…。)
   だって中身は ところにより“おっさん”だから。
(笑)

めるふぉvv happaicon.gif

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